会長対談 2024「受け継ぐこと、新たなること」

会長対談 2024「受け継ぐこと、新たなること」

2024年3月

葛城

本日はお忙しい中をありがとうございます。
よろしくお願いします。

どうぞよろしくお願いします。

葛城

「受け継ぐこと、新たなること」をテーマにお話しいただきたいと思います。
まず京都ブライトンホテルについてお聞かせ下さい。

私共のホテルは地域密着、京都に根付いたホテルになろうとこれまで営業して参りました。お客様は約7割が地元の方です。ホテルというと宿泊と思われがちですが、宴会場とレストランも5つあります。地元の方に支持していただかないとホテルが立ち行かないという事と、畏れ多くもあのような場所に開業してしまいましたので、あの場所にあって恥ずかしくないようなおもてなしをしないといけない、観光の皆様と京都の一番いいところをつなぐコンシェルジュになれたらとのモットーでこれまで努めて参りましたが、35年間続けてこられましたのも地元の皆様のおかげと思っております。

会長対談

葛城

35年と一口に言いましても、やはりコロナもありましたし、どこかで転換点がおありだったと思います。「京都のコンシェルジュ」という事と「7割が地元の方のご利用」という事ですが、さすが一流ホテルならではのクオリティだと思います。その中で「一番ここは他には負けない」というところをお聞かせください。

開業の時からずっとブライトンで働いているスタッフが、今、幹部を占めています。この業界は次から次へとホテルを移ってステップアップしていく方が多いのですが、今の私共の部長たちは、私も含めてここで育てていただきました。新しいホテルを作るというスピリットから始まって、「お客様あっての私たち」との一貫した精神で今まで参りましたので、社内の先輩に育ててもらったというよりは京都のお客様に育ててもらったと、皆が感じています。そのことが明日の仕事に活かせると身に染みてわかっているスタッフが強みだと思っています。

葛城

生え抜きの幹部がいらっしゃるというのは、いろいろな現場で経験を積まれてこられたからこそお客様の目線で見られる、最高のホスピタリティの源泉がおありということですね。

会長対談

いつも喜んで頂けるかというとそうではなくて、お叱りを受けることも沢山あります。でも、なかなか本音では言っていただけないお客様の近くにいらっしゃる他のお客様が、「あの方はこんな風に思ってはったと思うよ」と教えてくださったりすることがあります。この方についていったら間違いないというお客様が沢山いて下さることは何よりの財産だと思います。

葛城

スタッフの方が「開いた」状態でお客様をお迎えされているからこそですね。その姿勢はお客様に伝わると思います。人と人、また京都と人をつなぐとおっしゃいましたけれども、それがお客様に受け入れられているブライトンさんの強みかなと思いました。開業から35年を迎えられて、あらためて思いというものをお聞かせいただけますか。

形無きモノを受け継ぐ・伝える

15周年の時に「京都基準」という事を言い出しました。ちょうど他ホテルの資本が次々と変わっていった時期でした。その時に私たちは1200年の歴史がある京都のおもてなしの精神をお手本にしていこうという事で、「京都基準」のホテルづくりをコンセプトの一部に加えてこれまで来ました。35年たってもその思いは変わりません。また文化庁が京都に来られて新たな第一歩だという事と、ちょうど世代交代の時期になってきていますので、今の幹部たちにとってはいかにこの精神・スピリット・モノを次の世代に伝えていくかが何よりも課題です。35周年というのがちょうど転換期というか、その第一歩になるのかなと思っております。

葛城

精神というのは形に無いものですが、所作なりサービスなりを形にする時にどういう指導をされるのでしょうか。

確かに大変難しいです。実際のお辞儀の仕方とか、立ち居振る舞い等マニュアル的なことは指導していけるのですが、「精神」みたいなものはなかなか繰り返し言わないとわからなくて。私共には『ブライトンマインド』という行動指針がありまして、自分たちのありたい姿というか、こういうホテルでありたいというビジョンや行動指針を書いたものを作っており、新入社員にも配っています。これを読み解くようなワークショップを開催したり、繰り返しここに書かれていることの事例を出したり、こういうお客様のクレームはここに書かれているコレが足りなかったからだねとか、こんな風にお客様に褒めていただいたのはコレが実践できたからだねとか、迷ったときに立ち返る場所として作りました。これを元にしてスタッフに常に言っています。

会長対談

葛城

昔は口伝えに弟子に教えるという風習が京都にはありますが、やはりこれだけはというものをビジョンとして作られたのですね。

そうですね。現場では常に小さな判断を沢山していかなければなりません。その都度、判断に困った時にちゃんと立ち返れるように、こういう時「ブライトンだったらどうするべきか」の指針という意味合いで作りました。

葛城

多岐にわたるお仕事を束ねていらっしゃるという事ですが、林さんのメインのお仕事はどんなことですか。

あらゆる部署を経験して、最終的に総支配人という役割となった時に「伝えていかなければならないもの」は何なのかという事をすごく感じました。今は教育と、京都の地元の方とのつながりを強化してそれを次世代につなぐという、二つのことが主な役割です。教育は入社3年目までの若い世代とマネージャー世代の二つに分けて、ワークショップを一人年5回ずつ受けるように開催しています。このブライトンマインドを中心にテキストを作って話をします。実際私共に起こったお客様からのクレームを元に何がいけなかったのか、どういうふうに謝罪すればいいのか考えます。お客様は自分の気持ち、怒りが伝わったと思われた瞬間に拳を下ろしてくださいますが、それをわからずただ「すみません」と謝ってしまいがちです。
会長対談 それでは駄目で、お客様が腹立たしく思われた嫌な気持ちをもう一回自分がひとつひとつ紐解いてみて、自分の言葉で謝罪するという訓練をマネージャークラスにはしています。座学ですぐに身に付くことでは無いのですが、忙しい中、人手も足りない中、流さないようにというのが一番の思いです。正直うるさい人だと思われているでしょうが、嫌われ役に徹すると決めたので、そうやって進めています。

葛城

ここまで積み上げてきたものを、いい形でバージョンアップして次の世代に伝えていく、使命感に溢れておられるお言葉だと思います。現場で受けたお客様からのクレームが一番大事な勉強のきっかけだと、それは私も経営者としてよくわかります。まず、ただ謝るだけではなく、同じ目線でもう一度お客様にフィードバックしてもらって、そこから同じように感じていくというプロセスを経て、次の謝罪が伝わるという姿勢ですね。労力のいる、でも一番正しいというか、社員を育てていくにはそれは必要なステップだと思います。

20年程前に忘れられないような大きな失敗をしてしまったことがあります。いろいろな方にご迷惑をお掛けしてしまいました。その時にお客様のご自宅に謝りに行きましたら「うちはええ。他にもっと行かんなんとこあるやろ。」と言って下さったことがありました。泣きながらそのお宅を後にしたことを覚えていますが、そういうお客様がいらしてくださるから、これまでやってこられたのだと思います。

葛城

35周年を機に、新たな次のステージに向かっていかれると思います。女性会は今年40周年を迎えますが、林さんは入会されてから丁度1年経ちますね。今の率直なお気持ちをお聞かせください。

ホテルに入った時には女性上司・女性管理職はいなくてまったくの「男社会」でした。どちらかと言うと会議の時に発言をしないで、後からああだったこうだったという人が多かったです。私が係長、課長の時には会議の時にこそきちんと意見を言わないといけないと思っていたので、上司にとっては嫌な部下だったと思います。女性会の皆さんは全員経営者で、私など及びもしない何百年という歴史を背負っている方も沢山いらっしゃるので、そういう京都の方に学んでいこうという気持ちはずっと昔から変わりなくあります。まず思ったのは気遣いの鏡といいますか、皆さんすごいので、本当にお勉強というよりもどうやってついていけばいいかな、というそんな思いが一つです。あとは、とにかく背負っておられるものの「覚悟」と「責任感」を改めて学ばせてもらおうと強く思いました。

まず人としての生き方
会長対談

葛城

今の社会では「女性である事」の強さと弱さというのは表裏一体であると思います。幸いなことに時代が後押ししてくれていることもありますが、女性の知恵が芯に無いとなかなかうまく回っていきません。京都は特に「男社会」が根強く残っていると思いますが、女性としてのメリット、デメリットを率直に端的にどう感じられますか。

会社の中では女性を演じるというのもありますね。その役割だと言いながら本当に言いたいことを言うような場面も往々にしてあります。たとえばクッションがクタっとなっていたら、ただ直すだけではなく、このソファーとクッションに「さあ座ってください」と言わせるくらいピシッとなってないとダメだとか、そういう細かいことを言うたびに「女の人やから許して」みたいな感じで逆に利用することはありますね。自分ではそんなに女性だからとか男性だからとかあまり強く意識したことはないのですが、その固定観念を利用して色々気づくことをやっているというのが現実ではありますね。

葛城

女性の特性は「つなぐ」ということ、男性の特性は「決断」だと思います。女性は「つなぐ」という母性的なものを持っていると思いますが、例えば茶道であったり、華道であったりを教育に取り入れたりして、女性ならではの視点で上手く気持ちよく共生していければいいですね。男性・女性関係なくまず人としての生き方というのが大切ですね。

なるほど、そうですね。うちの営業スタッフは「案件は人にある」と言います。会社にあるのではなく人にあると。「人」に会いに行けというのがうちの営業の鉄則ですね。小さい事でも大きい事でも「人」が全てだと思いますね。

葛城

自分も含めて女性会のメンバーも皆それぞれ、まず自分の人間力を上げていく事が大事ですね。

本当にそう思います。トップに立つ人を超えていく人ってなかなかいないもので、自分が成長しないと皆も成長しないなと思いますよね。

葛城

林さんはいつも笑顔で、楽しんでお仕事をしていらっしゃるのが伝わってきますね。

会長対談

役得がいっぱいあるのでありがたい仕事です。上賀茂神社の本殿に夜中12時に入れていただいた時に、「神は夜中に動くんやで」と言われて、その時はもう神様に思わずすみませんと、こんな時にこんな所に私ごときがお邪魔してと謝るような畏怖の念を受けたのが、いまだに忘れられない体験です。元々は夜お客様を神社にご案内できないかとご相談申し上げた時に、一回来てみる?と言われて行ったのですが、畏れ多かったです。

葛城

なるほど。今「畏怖」とおっしゃいましたけれども、京都は宗教とか精神性を大切にする空気が必ずあるので、ビジネスとうまくバランスを取りながら、ちょっと特別な京都、というのを味わっていただきたいですね。

秋の早朝拝観シリーズは8時から9時の間にお寺に行き、誰もいないところで当方のお客様だけで見ていただくというのを開催しております。その時には必ずお坊様のお話をお伺いするようにしておりまして、なかなか無い機会なので喜んでいただけています。昨年も11月20日から30日まで毎朝行っておりましたが、それを長年続けている理由は、人との繋がりもあるのですが、先ほどおっしゃった完全な商業ビジネスではなく本当に素晴らしいところを限られたお客様に見ていただきたいという思いもあるのです。 会長対談 お客様が15人だったら必ずスタッフ3人と管理職が4人くらい一緒に行きます。お客様のケアもあるのですが、お寺とか神社に対して当方のお客様が入られた後もう一度門を閉めておかないと一般のお客様が入って来られるとか、椅子を並べてくださっていたら一人が椅子を片付けて帰るとか、「気持ち」でしていただいていることに対して「気持ち」で応えるという事を続けないと、たぶん「もう朝やめとこうか」とお寺とか神社に言われたのではないかと思います。そういうところをきちんと伝えていかないといけないと思いますね。

葛城

年末年始の催しについて、京都のお寺参りも含めて何か特別に考えていらっしゃることがありますか。

年末は恒例で、西陣の報恩寺さんにご希望のお客様と除夜の鐘を撞きに行って、元日にはロビーで振る舞い酒をしております。日本のいつも通りのお正月を求めて皆さん京都に来られるので、奇をてらうことなくのんびりとすごしていただいている感じですね。あの場所にあるから、ブライトンだから、という事を主にしております。文化庁も来られたので余計に。昨年、文化庁から感謝状を頂きました。長官室に感謝状を頂きにまいりまして、皆とても名誉なことだと喜んでおりました。それを誇りに頑張ろうって話をしました。

会長対談

葛城

林さんが背負っておられる大きな会社のスピリットというかエネルギー、大切にしていらっしゃるものを今日こうやって共有させていただいて、私共も勉強になりましたし、改めて我が身を振り返って学びになったと思います。「ブライトンの林さん」だけではなく、女性としての林さんにもとても魅力を感じているのですが、忙しい林さんの休日の過ごし方をお聞きしてよろしいですか?

ありがとうございます。実は97歳になる母と二人暮らしです。上の兄と父の介護を、母と二人で長年やってきました。兄が亡くなってからの母との13年は本当に穏やかで平和です。昨年からは母が施設に入ったり出たりですが、何とか二人で暮らしています。ですので、休みの日は専ら母の世話です。それと1週間分の買い物ですとか、掃除洗濯ですとか。私の仕事が遅くなる時は母が3泊4日とかショートステイに行くので、そういう時にたまたま休みが重なると映画館に行ったり本屋に3時間くらい居たりとか、そんな感じで過ごしています。

葛城

私たち主婦の仕事だけでも大変なのに、高齢のお母様とご一緒でしかもお休みもままならない、自分一人の時間は持てない中でもそうやってご自身の内面のリセットというか充電をされているのですね。

会長対談

そうですね。本屋さんが好きです。インクの香りとか。書店に2時間も3時間もずっといるのが好きですね。

葛城

愛読書はおありですか。

茨木のり子さんの『自分の感受性くらい』という詩集が好きです。「自分の感受性くらい自分で守ればかものよ」という言葉が大好きで、「全部自分のせい」という詩なのですが、本当にその通りだなと。ちょっとイライラしたり腹が立ったりするとその本に帰ります。そうそうイライラしても自分のせい自分のせいと。高校生の時に出会ったのですが、いまだに変わらないですね。

新たなること

葛城

これから新たにチャレンジされたいことはありますか。

海外暮らしをしたいと思っています。職業を含めて自分の人生で、こうしたいああしたいという事がなかなか儘ならない、どちらかというと常にだれかの世話をしなきゃいけないことが多かったので、海外で半年か1年でいいので自由に暮らしてみたいです。できたらパリがいいのでちょっとずつフランス語を勉強しないといけないと思っています。できるかどうかわかりませんが、それを夢に見てもうちょっとお仕事頑張ろうと思います。

葛城

そういう夢ってとても大事ですよね。人生のサードステージですね。

人さまから学んで今まで生きて来ましたが、本当に一人っきりになりたい時って皆さんおありだと思います。誰も自分を知らない所で暮らしてみて、そうしたら自分はどうするだろうという、その自分を見てみたいと思います。

葛城

そこでパリを選ばれたのは何か理由がおありですか。

ただの憧れです。自由な気がしてやはりヨーロッパがいいなと。一度しか行ったことがないのですが、あの空気感とかゆったり流れている感じがいいなと思います。電車も時間通りに来ないような街で、日本じゃない所で一回暮らしてみたら自分はどう変わるだろうかと楽しみです。

葛城

また、ぜひ実現した暁には私共も遊びに行かせてください。
本当に今日は貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。

ありがとうございました。

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